はじめに
「学校に行きたくない」
そう言って泣く我が子の姿に、親は戸惑い、不安になります。
しかし、登校拒否は決して特別なことではありません。
今、全国の小中学生の約3.2%、実に29万人以上の子どもたちが学校に行けない状態にあるのです。
ここでは、登校拒否の基礎知識から、具体的な対応方法、そして家庭でできるサポートまで、親が知っておくべきことをすべてお伝えします。どうか焦らないでください。 今は、子どものペースに合わせてゆっくりと歩む時期なのです。
登校拒否と不登校の違い
「うちの子は登校拒否?それとも不登校?」 登校拒否と不登校、この2つの言葉は何が違うのでしょうか。
簡単に言えば、登校拒否は「学校に行きたがらない心理状態」を表し、不登校は「年間30日以上欠席している状態」を指します。つまり、登校拒否は不登校の初期段階ということができます。
しかし、どちらも子どもが「行きたくても行けない」という辛い状況にあることに変わりはありません。
かつては「登校拒否=わがまま」という誤解もありましたが、最近では「子どもなりに自分を守ろうとしているサイン」と理解されるようになりました。
大切なのは、その背景にある子どもの心の叫びに耳を傾けることなのです。
【事例①】Aさん(小学4年生・10歳)のケース
Aさんは、ある日突然「学校に行きたくない」と言い出しました。それまで休みがちだったわけではなく、親としては寝耳に水でした。しかし、よく話を聞いてみると、クラス替えでいじめが始まっていたことが分かったのです。
Aさんのような「今日は行きたくない」と訴える段階が登校拒否です。親が早めに気づいて話を聞き、学校と連携していじめに対処すれば、数日から数週間で学校に戻れることもあります。
しかし、この訴えを見逃したり、「我慢しなさい」と無理に行かせ続けたりすると、子どもの心はさらに疲弊し、完全に学校に行けなくなってしまいます。これが不登校の状態です。
つまり、登校拒否は「助けを求めているサイン」であり、不登校は「心が限界を超えてしまった状態」といえます。だからこそ、登校拒否の段階で子どもの声に耳を傾け、適切に対応することが何より大切なのです。
登校拒否の原因を知る
なぜ、子どもは学校に行けなくなるのでしょうか。
一般的に考えられる登校拒否の原因は以下です。
文部科学省の令和5年度調査によると、不登校の児童生徒について教師が把握した事実として、「学校生活に対してやる気が出ない等の相談があった」が最も多く約3割を占めています。
次いで「不安・抑うつの相談があった」「生活リズムの不調に関する相談があった」がそれぞれ約2割となっており、心理的な要因や生活リズムの問題が大きな割合を占めています※。
※文部科学省「令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」
これらの情報から、一般的に考えられる登校拒否の原因は以下です。
①やる気が出ない
②友人関係のトラブル
③学業不振
④発達障害やグレーゾーン
⑤スマホやゲームへの依存
やる気が出ない
この「やる気が出ない」という状態は、単なる怠けではありません。心のエネルギーが枯渇し、もう頑張れないという状態を指しているのです。
明確なきっかけが見当たらないことも多く、日々のストレスや不安が少しずつ積み重なった結果、ある日突然「行けない」という状態に陥ります。
友人関係のトラブル
また、友人関係のトラブルも重要な要因です。いじめとまではいかなくても、仲間外れにされた、悪口を言われた、気の合う友だちがいないといった経験が重なると、学校という場所が苦痛になります。
特に思春期に入ると、人間関係への敏感さが増し、ちょっとした言葉や態度に深く傷つくこともあります。
学業不振
学業の不振も大きな要因です。授業についていけない、テストの点数が悪い、勉強が分からないといった経験が続くと、自己肯定感が下がり、学校そのものが苦しい場所になってしまいます。
さらに、先生との相性が合わない、厳しく叱られた、理解してもらえなかったという経験も、子どもの心に深い影を落とします。
発達障害やグレーゾーン
また、発達障害やグレーゾーンと呼ばれる特性を持つ子どもも少なくありません。
周囲の刺激に敏感で疲れやすかったり、コミュニケーションが苦手だったり、集団のルールになじめなかったりすることで、学校生活そのものが大きな負担となります。
これは本人の努力不足ではなく、脳の特性によるものです。
スマホやゲームへの依存
最近では、スマートフォンやゲームの長時間利用による生活リズムの乱れも新たな要因として注目されています。
ただし、これは直接的な原因というよりも、現実のストレスや孤独から逃れるための手段として依存してしまった結果と捉えるべきでしょう。
子どもは現実から逃げているのではなく、自分を守ろうとしているのです。
しかし、原因を一つに特定する必要はありません。むしろ、目の前の我が子にどんな辛さがあるのかを、想像力を働かせて理解することが大切なのです。
【事例②】Bさん(中学2年生・14歳)のケース
Bさんは、部活動の人間関係につまずいて学校を休みがちに。さらに勉強も遅れ、悪循環に陥りました。でも、よく聞いてみると、小学校の頃から完璧主義で、ちょっとしたミスでも自分を責めるタイプだったそうです。
登校拒否の原因は一つではありません。Bさんの場合、表面的には「部活の人間関係」がきっかけに見えますが、実は本人の完璧主義という性格的な特性が根底にあり、それに学業不振が重なって、心が耐えられなくなったのです。
つまり、登校拒否は「友人関係」「学業」「性格」など、複数の要因が複雑に絡み合って起こることがほとんどです。だからこそ、「部活をやめれば解決する」といった単純な対処では根本的な解決にはなりません。
大切なのは、子どもの話をじっくり聞き、表面的なきっかけだけでなく、その奥にある本当の辛さや不安を理解することなのです。
登校拒否のサイン
登校拒否は、突然起こるのでしょうか?実はほとんどの場合、事前の兆候があるものです。例えばこんな変化に気づいたら、要注意です。
このようなサインは、学校に行くことへの強い抵抗感の表れかもしれません。「何か様子がおかしい」と感じたら、学校を休ませることを選択肢に入れて考えてみましょう。
【事例③】Cさん(小学5年生・11歳)のケース
Cさんは、宿題を忘れることが増え、提出物も後回しに。 さらに朝も起きられなくなり、学校を休みがちに。親が叱咤激励するほど、かえって意欲を失っていきました。
Cさんが見せていた「宿題を忘れる」「朝起きられない」といった行動は、すべて登校拒否のサインだったのです。
しかし、親が「怠けている」と判断して叱咤激励したことで、子どもは「分かってもらえない」と感じ、さらに心を閉ざしてしまいました。
つまり、登校拒否のサインが出ているときに必要なのは、励ましや叱責ではなく、「何か辛いことがあるのかもしれない」という視点で子どもの様子を観察することです。
だからこそ、普段と違う行動が見られたら、まずは責めるのではなく、「最近どう?何か困っていることない?」と優しく声をかけてみることが大切なのです。
学校と連携する方法
我が子が登校を渋り始めたら、まずは学校にSOSを出すことが大切です。でも、どんな風に相談したらいいのでしょうか。
ポイントは、「お休みさせてほしい」のではなく、「一緒に支援の方法を考えてほしい」という姿勢で臨むことです。担任の先生だけでなく、養護教諭やスクールカウンセラーも味方につけるといいでしょう。
学校と家庭が連絡を取り合う頻度は、週1回程度が目安です。欠席が続く場合は、出席扱いにしてもらえるよう相談しましょう。保健室登校や別室登校など、子どもが安心して過ごせる居場所を確保する方法もあります。
信頼できる先生を見つけて、子どもの小さな変化も共有し合うこと。そうすれば、再登校のきっかけも、きっと見えてくるはずです。
【事例④】Dさん(小学6年生・12歳)のケース
Dさんは、いじめがきっかけで学校に行けなくなりました。両親は「そんなの我慢しなさい」と言うばかり。でもある日、養護教諭が家庭訪問して、Dくんの辛さに寄り添ってくれたのです。
家庭だけで抱え込んでいたDさんの状況は、養護教諭という第三者が介入することで変化のきっかけが生まれました。親がどれだけ我が子を思っていても、時には冷静さを失い、「我慢しなさい」と厳しく接してしまうこともあります。
しかし、学校の先生、特に養護教諭やスクールカウンセラーは、子どもの心の専門家です。彼らと連携することで、親だけでは見えなかった子どもの本当の辛さに気づくことができます。
つまり、登校拒否に直面したとき、親が一人で頑張る必要はないのです。むしろ、早めに学校に相談し、信頼できる先生と一緒に子どもを支える体制をつくることが、解決への近道なのです。
学校外の居場所を考える
「でも、学校に行かないでどうするの?」 通えない期間が長引くと、親としては焦りも出てきます。でも大丈夫。今は学校以外にも、子どもの学びと成長を支える場所がたくさんあります。
その代表格が「フリースクール」です。全国に300ヶ所以上あり、個別のペースで勉強やイベント活動を行います。
「教育支援センター(適応指導教室)」は、自治体が設置する公的な施設で、心理面のケアと学習支援を行っています。
最近ではオンラインのフリースクールも存在します。家から一歩も出なくても、安心して過ごせる「居場所」が見つかるかもしれません。
もしかしたら、こうした場所に通うことで、再び学校に戻る勇気も湧いてくるかもしれません。「学校かフリースクールか」ではなく、「うちの子に合う場所はどこか」。そんな視点を持つことが大切なのです。
【事例⑤】Eさん(中学1年生・13歳)のケース
Eさんは、学業不振がコンプレックスで登校拒否に。でもフリースクールに通い始めてから、少しずつ自信を取り戻したそうです。「1対1で教えてもらえるから、分かるようになった。友だちもできて、楽しいです」と笑顔で話してくれました。
学校という場所が合わなかったEさんも、環境を変えることで再び前を向けるようになりました。フリースクールでは、個別のペースで学べること、プレッシャーの少ない環境で過ごせることが、Eさんの自信回復につながったのです。つまり、「学校に戻ること」だけが正解ではありません。子どもに合った居場所を見つけることが、何より大切なのです。
だからこそ、登校拒否が続いても焦る必要はありません。フリースクールや教育支援センターなど、学校以外の選択肢を探してみることで、お子さんが安心して過ごせる場所が見つかるかもしれないのです。
進路のこと、あまり心配しないで
「このまま学校に行かないと、高校受験はどうなるの?」 我が子の将来が心配になるのは当然のことです。でも、あまり先の見通しを立てすぎないことも大切です。
目の前のお子さんに寄り添うことを、何より優先させてください。 実は最近、高校入試でも、欠席日数だけで不合格にはしない配慮が広がっています。調査書の「所見」欄で、不登校の事情を説明してもらうこともできます。
そもそも、全日制高校以外の選択肢はたくさんあります。定時制や通信制、単位制の高校では自分のペースで学べます。高認試験で高卒資格を取得する道もあります。 「うちの子は、高校を4年かけて卒業しました。途中で何度も挫折しましたが、今は地元のNPO法人で活躍しています。不登校の経験が、子どもを強くたくましく育ててくれたと思います」 こう話すのは、長男と次男が不登校を経験したというお母さん。
人生には、いろいろな通り道があっていい。それを、登校拒否が教えてくれるのかもしれません。
【事例⑥】Fさん(大学1年生・19歳)のケース
中学3年間不登校だったFさんは、高認試験の勉強に打ち込みました。そして無事に大学に進学。「中学の頃の経験が、今の自分の支えになっています。あの時期があったからこそ、やりたいことを見つけられたんだと思います」
このように、中学3年間という長い期間学校に行けなかったFさんも、自分に合った道を見つけて大学に進学しました。
不登校の時期は、決して「失われた時間」ではなく、自分と向き合い、本当にやりたいことを見つける貴重な期間だったのです。
つまり、進路は一つではありません。全日制高校に行けなくても、通信制や高認試験など、さまざまな道があります。そして何より、不登校の経験そのものが、将来の強みになることもあるのです。
だからこそ、「このままでは将来が…」と焦る必要はありません。今は目の前のお子さんに寄り添い、心を休める時間を大切にしてください。子どもは必ず、自分の道を見つけていきます。
家庭でできる4つのサポート
さて、不登校の子どもを持つ親に、できることはあるのでしょうか。専門家のアドバイスをもとに、4つのポイントをお伝えします。
安心できる居場所をつくる
子どもが「ただいま」と言って帰ってきたくなる家庭であること。それが何より大切です。 イライラを我慢して、ゆったりと構えること。子どもの話に耳を傾け、気持ちを受けとめること。
そして「あなたはあなたのままでいい」と伝えること。 たとえ部屋にこもっていても、ゲームばかりしていても、責めることはやめましょう。
家族団らんの時間を設けるなど、「心を休められる場所」を意識的に作ることが大切なのです。
生活リズムを整える
とはいえ、昼夜逆転の生活では心身の健康を崩してしまいます。眠る時間と食事時間は、できるだけ一定に保ちましょう。「朝10時までに起きる」「1日3回は家族と一緒に食べる」など、ルールを決めるのも一案です。
あまり厳しくし過ぎず、子どものペースに合わせることが肝心。一緒に散歩に出るなど、体を動かす機会も大切にしてあげてください。
好きなことを応援する
勉強そっちのけでゲームにのめり込む。ずっと絵ばかり描いている。そんな子どもの姿を見ると、心配になることもあるでしょう。
でも、そこにこそ子どもの「生きる力」の源泉があるのです。子どもが熱中できることに寄り添い、一緒に楽しむ時間を作ってみませんか。「勉強しろ」より「面白そうだね。どんなゲーム?」。
そんな会話から、新しい親子関係が始まるかもしれません。
周囲の目を気にしない
「お宅のお子さんは?」「まだ学校、行ってないの?」 親戚やご近所の何気ない一言が、「うちの子はダメな子なんだ」と思い込む原因になります。
でも、不登校に正解も不正解もありません。ましてや、他人の価値観に振り回されるには及びません。 「今、うちの子にとって一番いいことは何だろう」。
子どもと同じ目線で考えることが、親にできる最大のサポートなのです。
【事例⑦】Gさん(保護者38歳)のケース
Gさんは、学校に行けなくなった子どもを前に、「もっと厳しくすべきだったのでは」「私の育て方が悪かったのでは」と自分を責め続けていました。周囲からの何気ない言葉も重なり、「子どもをダメにした」と思い込むようになってしまったのです。しかし、相談先のスクールカウンセラーから「お母さんは十分よくやっていますよ。このままで大丈夫」と声をかけられ、その一言で張りつめていた心がふっと軽くなったと言います。
Gさんは「子どもをダメにした」と自分を激しく責めていました。しかし、専門家からの「十分よくやっている」という言葉が、Gさんの心の重荷を軽くしました。
つまり、不登校の子どもを持つ親は、自分を責めがちです。親が自分を責め続けていると、その罪悪感が子どもにも伝わり、子どもはさらに苦しくなります。
だからこそ、親自身の心のケアが何より大切なのです。スクールカウンセラーや親の会などを活用し、「このままでいいんだ」と言ってもらえる場を見つけてください。
穏やかな親の存在こそが、子どもの回復の大きな力になるのです。
3つの心構え
最後に、登校拒否の子どもに向き合うときの「心構え」をお伝えします。どうかこの言葉を、胸に刻んでください。
「休む勇気」を認めること
学校に行かないことは、逃げでも怠けでもありません。今、この時期だけは、無理をしないで休むことが必要なのです。「弱さ」ではなく「強さ」の表れだと考えること。それが子どもの心の支えになります。
焦らず、長い目で見守ること
不登校の期間は、子どもによってさまざまです。ゆっくりと休む子もいれば、すぐに学校に戻れる子もいる。週に1回だけ登校する子もいれば、1年以上学校を休む子もいます。
大切なのは、子ども自身のペースを尊重すること。「このままずっと」と悲観せず、「今この子に必要な時間なのだ」と信じて待つこと。
1日、1週間、1ヶ月、1年……。子どもの心の傷を癒やすには、時間がかかります。でも、必ず充電を終えて、子どもは歩き出すのです。
親自身が支えを求めること
不登校の子どもを育てるのは、言葉にできないほどの不安とストレスがつきまといます。だからこそ、親自身もまた、誰かに支えられる必要があるのです。
親の会や家族会、カウンセリングなどを利用して、気持ちを吐き出す場を作ることも大切です。
おわりに
以上、登校拒否のすべてをご紹介してきました。最後に親御さんへメッセージをおくります。
今、お子さんは、人生の大事な時期を過ごしています。学校に行くか行かないかではなく、自分を取り戻すために必要な時間を過ごしているのです。
もしかしたら、学校に行かない今だからこそ、お子さんは自分と向き合い、本当の意味で「生きる力」を身につけているのかもしれません。
今の時期を、親子でじっくりと過ごしてください。時には立ち止まり、時にはゆっくり歩み、時には大きな一歩を踏み出す。いつかきっとお子さんは、自分の人生を自分の足で歩んでいけるようになるでしょう。
そして、30年後振り返ったとき、「あの時期があったから、今の自分がある」。そう笑顔で話してくれるはずです。
未来のお子さんを思い浮かべながら、どうか焦らず、そして自分を責めず、今を歩んでいってください。
長い長い子育ての道のりを、親子でともに歩む。それが、不登校のお子さんに親ができる、最大のサポートなのです。
※本文中の事例は、実際の支援現場での事例をもとに、個人情報保護の観点から内容を一部再構成したものです。実在の人物・団体を特定できるものではありません。


